吉村敬子氏 (元米国議会図書館勤務)  受賞のことば

吉村敬子氏 このたび図書館サポート・フォーラムより表彰を頂くことになり、身に余る光栄と存じます。

 私が解題目録の仕事に始めてたずさわったのは、米国議会図書館(LOCと略す)発行のGuide to Japanese Reference Books. Supplement 作成でした。その後1981年に、LOCの目録部門からレファレンス部門アジア部日本課に移り、最初に与えられた仕事が下にご説明するWDCコレクションと呼ばれる資料群をマイクロ化したもののチェックリストを作ることでした。マイクロフィルムは目録がないと使うことができません。毎朝3時間ぐらいマイクロフィルムを読みながら、ノートを取っていましたが、そのうち首が回らなくなり、セラピーに通う始末となったこともありました。まもなく期限付きの仕事 がふえ、WDCマイクロ化資料の目録は仕事時間中に出来なくなりました。この資料群の重要性を考えて、自分の時間で続けようと思い、一日の仕事が終わってから夜深閑とした建物で、自分の机の上のランプ以外は真っ暗の中で毎日この仕事を2〜3時間しました。夜8時半ぐらいになるとコツコツと靴音がして警備員が回ってくるのですが、顔見知りの警備員と分かるまでは緊張したものです。帰宅後其の日の原稿をタイプする毎日でした。其のうち同種類の資料で、マイクロ化していないものが見つかり、順次これもマイクロ化して目録に加えることにしました。

吉村敬子氏 この資料群の目録が1992年と1994年に一冊づつ、LOC出版局から出版されました。  その後病を得て退職しましたが健康を取り戻した後、資料マイクロ化の準備や、データの採取に図書館に通い、後は家で出来る仕事のみとなったところで又、入院療養となりました。その後同出版局がこの種の目録の出版を停止したので、その後たまった原稿をコピーして、2・3の方に送付しましたところ、早稲田大学の山本武利先生が出版の労をお取りくださり、文生書院から昨年出版のはこびとなりました。

 今回出版の三冊に載せた大部分の資料は、資料のマイクロ化準備と目録化を同時に行いました。2・3枚の文書がこより、錆付いた虫ピン、クリップ、ホチキスなどで留めてあるのを、極度に弱っている紙を破らないようにはづすこと、文書類はリールごとに通し番号を各ページに紙を破らないようそっと書きこみました。持ち上げようとするとパラパラと破片になって落ちるようなものがあり、又南洋庁関係資料には、戦禍のため消火の水をかぶり、それが何十枚も一緒に折れて固まっていたりしたものがあり、その類いの資料はそのまま図書館の保存修復部に持っていき、そこで厚く紙が固まったものは、全部を新たに湿らせてから一枚一枚ピンセットとへらで挟んでそっとはがし、別の和紙に一枚づつのせて、平に重しを載せて乾燥させるとか、パラパラと抜け落ちた紙片をジグソウーパズル宜しくピンセットでつまんで、適合する穴に一つづつ当てはめるなどの作業を手伝ったこともありました。また弾丸の破片が厚く綴じた一冊の奥深くまで貫通していて、其の軌跡が焼け焦げていたり、戦禍のなまなましさが感じられるものもありました。又グループごとに、保存箱を作成してもらって、請求番号や題名を箱に書き込んだり、マイクロ化準備のための題名の紙やリール番号の紙などのタイプ、総駒数や費用総額を計算して書類を作る作業なども時間のかかることでした。

 私が携わったWDCコレクションは、ワシントン・ドキュメント・センター(WDC)に一時収納されていた資料のうちLOC日本課に移送された日本の資料で、日本の占領期に東京におかれたWDC出張所が集めてワシントンに送付した、日本の官庁 や南満洲鉄道株式会社東京支社、警視庁、鳥取県、千葉県などの文書や出版物が主となっています。其の他、占領期にGHQの下の民間検閲局 が検閲した占領期出版物、直接現地から送付されたと思われる南洋庁関係資料や、太平洋戦域で捕虜から没収したようなものもあり、極く少数ながら、元々米国の官庁機関などが集めた資料で不用になったもの、米国内にあった日本機関の蔵書の一部も入っていました。

 文書類はWDCから米国国立公文書館に移送され、東京国際軍事裁判に使用された資料などを除く文書類は、後に日本に返還されました。LOCには出版物が収納されましたが、一部文書類が混入しているのが順次分かり、これら文書類は1992年の目録と今回の目録に記録されています。

 今回の目録に記録されたWDC資料群は大別すると、(1)被検閲出版物及び検閲関係資料と、(2)諜報関係資料になります。終戦前内務省警保局で検閲を受けた出版物  、戦時中米国カリフォルニア州北西部のツールレーキにあった日系人戦時収容所内で発行の雑誌「鉄柵」 で米国連邦捜査局の検閲を受けた印のあるもの、戦後占領期に民間検閲局の検閲を受けた雑誌の一部  があり、占領期の雑誌は良く知られているメリーランド大學図書館蔵のプランゲ文庫との比較が記入されています。  諜報関係文書類の主なものに、終戦前日本の左翼・右翼運動、軍関係、横浜事件関係、中野正剛関係、日中関係、満洲、アジア、朝鮮関係、終戦直後の日本の社会情勢などの資料があり、其の他各種の資料は、主題等の索引から検索できます。

 題名だけでは内容が分からないものは、解題を英文で入れましたので、日本人以外の研究者にもご利用いただけます。

 このたびの表彰のお陰で、この貴重な資料群が研究者の方々に、より広く知られて活用されますよう願っております。古賀節子先生始め表彰検討委員会の諸賢に、心から感謝いたします。なお、私に代わってこの会にご出席くださいました千代由利氏  に厚く御礼申し上げます。