林 淑姫 氏(近代洋楽史研究者) 受賞のことば


林淑姫氏 此度名誉ある図書館サポートフォーラム賞を賜りましたこと、まことに光栄に存じます。

 賞というものは、過去に団体としていただいたことはあるのですが、個人としては初めてのこと思いもかけないことで面映ゆさばかりが先立ちましたが、発表を聞きつけた方々から次々にお祝いのことばが届けられて、当人も段々と受賞の重さとよろこびを実感するようになりました。ありがとうございます。

 此度の授賞は40年の長きにわたって音楽図書館の仕事に携わって参りましたことに対するねぎらい、ご苦労様賞であろうかと思います。長いことは長いのですが、顧みてどれほどのことをなし得たのかと考えますと内心忸怩たる思いがあります。

 振り返ってみれば仕事はわたくしが積極的に選んだというより、いくつかの出会いがあり、その出会いが広げる地平を無我夢中で歩いてきたように思います。

 わたくしが音楽図書館の仕事に携わるきっかけを作ってくださったのは、図書館短期大学別科でご指導いただきました馬場重徳先生で、日本のミュージック・ライブラリーは資料の整理法も含めてこれからの分野で、やり甲斐のある仕事だからと音楽図書館への就職を強く勧めてくださいました。最初の勤務先である国立音楽大学附属図書館では松下鈞さんから音楽図書館のイロハを教わりました。入職したばかりのひよこを相手に、これからの音楽図書館のイメージを熱く語られたことを思い起こします。

 その後音楽評論家の遠山一行先生が運営されていた遠山音楽財団附属図書館でお世話になり、以降創設されることになった日本近代音楽館の仕事に従事しました。従来日本の音楽研究は西洋音楽、あるいは日本伝統音楽を主たる対象としており、明治以降の日本近代の音楽については必ずしも重視されていませんでした。遠山先生は日本近代ならびに同時代の音楽家たちの遺産を正しく評価するためには、関係する資(史)料の蒐集保存を専門とする機関が必須であることを主張されて日本近代音楽館を創設されました。1987年秋のことです。設立にあたって遠山館長のお供をしてあちらこちらに見学や調査に通いましたが、とりわけ当時日本近代文学館の理事長でいらっしゃった小田切進先生に懇切なご指導をいただきました。比較にもならない小さな規模ではありますが、近代音楽館は日本近代文学館をお手本にして設立されました。設立前後に、音楽資料整理の先達小川ミ先生に親しくご指導いただいたこともわたくしの財産です。

 先人に教えていただいたことがらとともに、資料との付き合いを通して多くのことを学んだように思います。ひとことでいえば、資料が語っていることを読み取るための姿勢です。情緒的なものいいになりますが、半端な知識や思い込みで接すると資(史)料は沈黙してなにも語らない。よく理解するためにはなによりも対象とする資料に辞を低くして謙虚に向き合うこと、理解するための知識を磨くことであったように思います。その支えとなるものは改めて口にすると気恥ずかしくなりますが、資料や作品に対する愛だと思うのです。図書館、資料館は基本的にサービス業です。時間軸を縦に、空間軸を横にとるとわたくしたちはその交点にあり、過去と現在の資料をよい形で次代に渡すこと、資料と利用者をよく結ぶことのために仕事をしています。館内の職種にかかわりなく全体としてそのようなものとしてあります。個人的な嗜好や行動をその場に直に持込むことは多分できません。

 2010年に近代音楽館が財団法人の手を離れ、明治学院大学に移管されたことを機に退職し、個人的な課題としてきたものをまとめたくもありましたので、現場を離れたところで仕事をする計画を立てました。既に取りかかっておりました国立国会図書館「近代日本刊行楽譜データベース 洋楽編」(2015年公開)、音楽図書館協議会40年史「日本の音楽図書館」(2019年刊行)などが終わればそうなる筈と思っておりましたが、どれも予想以上の時間がかかりました上に、新たなことがらも起こってなかなか思うように参らず、現在、和歌山県に移されました「南葵音楽文庫」――大正期に徳川頼貞によって設立された「南葵音楽図書館」を礎としておりますが――のお手伝いをしております。南葵音楽図書館は徳川頼貞の父頼倫が創設した私立図書館「南葵文庫」を前身としています。南葵文庫は大橋図書館とともに草創期の図書館運動を強力に支えた民間の図書館です。かかわってみれば新しい発見にわくわくすることもあります。地平線を追いかけて歩く道はまだ続いているようなのです。音楽を軸にして広がる近代日本の文化と芸術の領域は広く、未開拓のまま残されていることがらはあまりにも多いということでしょうか。というわけでもう暫く現場近くで仕事を続けることになりそうです。

 先人に教えていただいたことはまことに多く、そのほとんどの方が鬼籍に入られた今、何かしらのお手伝いを致しますことは御恩返しにもなろうかと思っております。簡潔にと思っておりましたのに長広舌になりました。此度の授賞に重ねて感謝の意を表し、ご挨拶に代えさせていただきます。ありがとうございました。