このたびは立派な賞をいただきまして推薦者ならびにフォーラム関係者各位に厚く衷心より御礼を申し上げます。私の受賞理由は分類および索引、すなわち索引言語の研究意義に対するものと理解しております。本日は私にとって根幹をなす三つのシステムと、影響を受けた一人の人物について、簡単に述べてみます。
私は1976年に28歳で新設間もない医科大学の図書館で専門職としての一歩を踏み出しました。ご存知のように科学技術系図書館の蔵書の中心は内外の雑誌です。個々の雑誌記事を探すためのツールである2次資料(抄録誌・索引誌・目次速報誌など)の整備も同じく重要です。しかも医学図書館の場合は、薬学、化学、生物学など周辺分野の2次資料の整備も必要です。
私は2次資料の使い方を学ぶ過程で、それぞれの索引法に興味をもちました。そして4年がすぎた1980年から、3年連続でJICSTの『情報管理』誌に、KWIC、ASI、NEPHISに関する論考を発表しました。2作目が出た年、英米加豪の索引家協会(The Society of Indexers)の講習会テキストが、藤野幸雄訳『索引―作成の理論と実際』(日外アソシエーツ,1981)として出版されました。本書の序論で、編者である初代会長のノーマン・ナイト(G. Norman Knight)は、索引の傑作を五つあげ、それらを徹底的に研究し、その原理に注目するように説いております。五つのうち三つは作家の日記に対する索引で、残り二つが米国のChemical Abstracts(CA)の索引とコーツ(E.J. Coates)のBritish Technology Index(BTI)だとしております。このうちCAの抄録を一般主題から探すGeneral Subject Indexこそ、私が2作目で論じたASI(Articulated Subject Index:前置詞分節索引)に他なりません。
CAの主題索引の機械化は、1960年代後半に英国シェフィールド大学大学院図書館情報学科教授で化学者のリンチ(Michael Felix Lynch)のチームが成功し、彼らはこれをASIと名付けました。直訳すると分節主題索引ですが、これでは他のシステムと区別がつきません。分節された索引語の前か後に、必ず前置詞などの機能語がつくので、Articulated Prepositional Indexと呼ぶ人がおります。私はASIの入力ストリング(タイトル形式の記述句)と索引記入(複数)の間に統語規則を介した相関関係が存在することを突き止めました。そして利用者は一主題に対して作成される複数の索引記入のどれからも、入力ストリングを復元できることを明らかにしました。これが本邦最初の指摘だとして、化学・薬学文献情報学の先達からお褒めの言葉をいただき、勇気づけられました(笹本光雄「二つの“L”−Chemical Abstractsの索引の構成とオンライン・システムにおける発展」『色材協会誌』57(3)1984)。二つの“L”とはKWICを考案したIBMのルーン(Hans Peter Luhn)とASIのリンチのことです。
続いて英国図書館協会(LA)が1962年に創刊したBTIについて調査しました。初代編集長のコーツが索引システムの考案者でもあり、その原理が2年前の著書(Subject catalogues: headings and structure. London, LA, 1960)で展開されていて、しかも彼が主題索引の天才(the genius of subject indexing)の異名をとっておりました。彼はまた1952年設立の英国分類研究グループ(CRG)の創立会員の一人でした。私が最も衝撃をうけたのは、BTI索引法が分類の原理に基づくことでした。しかし、よくよく考えてみますと、外見は別物に思える分類と索引(件名)ですが、主題を表すという点では同類です。両方を根底の概念レベルであつかうところに、コーツの非凡な才能が見て取れます。そして分類においては、概念と記号の間に一対一の対応関係が保たれていることから、この特徴を最大限に生かす主題組織法を追求しております。このような考え方をコーツは主題表示の同一性(the unity of subject indication)と呼び、ランガナータンの中に見出したことを告白しております。私は1984年1月にコーツに手紙を書き、直接の教えを請い、4年後の初夏に最初の著書『サブジェクト・インディケーション―主題表示におけるエリック・コーツの寄与』(日外アソシエーツ, 1988)を上梓しました。本書はコーツの件名標目理論とBTIの他に、後述のBSOをくわえた三部構成であったことから、その年の晩夏にヘルシンキで開催された国際情報ドキュメンテーション連盟(FID)の第44回大会で展示されました。
ASI、BTI、そして1970年代〜80年代に時の寵児となったPRECISが、英国の三大機械化索引システムです。開発の順序はASI−BTI−PRECISでしたが、構造上はASI−PRECIS−BTIの図式になります。PRECISは最初は両方のいいとこ取りで迎えられましたが、最後は手の込んだコスト高のどっち付かずとして見放された感があります。1970年代にカナダで開発されたNEPHISは、PRECISの代役を目指しておりましたが、実験の域を出ませんでした。結論として、ASIとBTIが対極に立つのですが、両雄に傑作の折り紙をつけたノーマン・ナイトの慧眼は敬服に値します。
コーツは1977年にFID/BSO Panelの委員長に任命され、BTIを退いております。BSO(Broad System of Ordering:広範配列体系)とは、国連科学技術情報システム(UNISIST)の構想における異なる索引言語間の変換言語として、ユネスコの資金供与のもと、FIDを舞台に1973年〜78年に開発されました。コーツは半年遅れで10番目の委員として末席に名を連ねましたが、彼の働きによってBSOは完成にこぎつけました。BSOという名称は、新しい配列体系すなわち分類法として、それが開発の途中で知識の全分野に範囲を拡大したことに由来します。しかし、ユネスコもFIDも財政難に苦しみ、後者は2002年に消滅しました。その前の1991年にBSOはFIDから切り離され、縮小した委員会は英国で法人化され、2000年からはCRGの拠点であるロンドン大学の管理下にあります。
BSOは現代の世界観を反映した新しい一般分類法です(拙論「一般分類法における主類の選定と順序―その哲学的および社会歴史的背景の考察」『日本図書館情報学会誌』50(1)2004)。私は1991年からBSOの改訂作業に関わり、1995年に英国BSO委員会の編集顧問(Editorial Consultant)に任命されました(回覧中のBSO委員会の公式便箋をご覧ください)。その経験から『BSO−Broad System of Ordering: an international bibliography』(University of Arizona Campus Repository, 2011)を編纂し、これを踏まえて定年退職の前年に博士論文『BSO, あるいはCRGの新一般分類表―仮説と論証』(大阪市立大学, 2013年3月)で、構造上の特性と文献的根拠を示し、本当の起源を明らかにしました。さらにBTIが1981年に誌名変更されていることから、『Bibliography of the British Technology Index』(樹村房, 2015)を編纂し、「ランガナータンの遺産―英国技術索引における分類の諸原理」『日本図書館情報学会誌』(63(1)2017)を著わして、後学の道案内としました。上述BSOとBTIの英文書誌では、すべての項目に英文抄録がつき、それらが分類順に配列されております。利用者は文献調査のためのツールとしてだけでなく、目次(分類表)を見て概略をつかんだら、本文を物語としても通読できます。
コーツは2017年12月5日に101歳で他界しました。同月、長男ポールからの訃報に続き、国際知識組織化学会(ISKO)から私に追悼文を書くように要請があり、翌年3月刊行の機関誌『Knowledge Organization』 (45(2)2018)に、追悼文と業績目録(分類順)が掲載されました。続いてロンドン大学教授でCRG幹事のブロートン(Vanda Broughton)から誘いがあり、彼女とポールと私の共著でCILIP(かつてのLA)の機関誌『Information Professional』(June 2018)に追悼文を寄せました。これと前後して2018年6月にはISKOの新企画である電子百科事典『ISKO Encyclopedia of Knowledge Organization』の編集長から、コーツの評伝を執筆するように要請があり、引用文献を含む業績目録(年代順)を付した論文様の記事が、同年9月4日に掲載されました(オンライン閲覧可)。これらの記事のタイトルにはすべてコーツの名前(Eric Coates)が含まれております。
医学図書館員として現場一筋の私ではありましたが、索引言語の構造に興味を抱いたおかげで、他の分野の文献にも抵抗なく接することができ、視野を広げることができました。これに伴い人との輪も広がりました。そして主題表示の同一性という、ランガナータン由来の思想との出会いにより、自分の中に確固とした視点をもつことができ、物事を見る目が養われました。これらの幸運には感謝の気持ちでいっぱいです。
最後に、今後の課題について申し上げます。関西の劇作家で評論家の山崎正和氏は、「現代の電子情報が個人自身の検索した知識しか与えず、結果として個人の興味の範囲を狭くしている」(「ビブリオバトル」『讀賣新聞』2016年9月5日朝刊)と述べております。本サポートフォーラムの代表幹事である山ア久道氏は、「Googleによる検索が大衆化しても、むしろ検索行為そのものの質は低下している」(『「情報貧国ニッポン」を超えて』『TP&Dフォーラムシリーズ』(26)2017)と述べております。識者の警鐘をよそに、情報技術の発達に目を奪われ、多くの人は事の重大さに気づかずにおります。問題を図書館の視点でとらえるなら、検索を単なる言葉の操作(実はそれは記号の操作なのですが)から、知識の組織化に根ざした概念の操作に戻す必要があります。関連語(RT)の問題には改めて取り組む必要があります。そして操作の具体的ツールである索引言語、特に知識の全分野を網羅する新しい一般分類法が、検索の段階で果たす役割を追求してみる必要があります。私自身、この線に沿った研究をもう少し続けて参りたいと願っておりますので、これまでどおり皆様のお力添えを賜ることができれば幸甚に存じます。本日はありがとうございました。
■配布資料(参考文献)
1. 川村敬一「KWIC索引の問題点と改良の試みに関する展望」『情報管理』23(7)1980, p.571-589.
2. 川村敬一「Articulated Subject Index の構造的特性と機械化プログラム」『情報管理』24(5)1981, p.447-456. Michael Felix Lynch (1932-2018), University of Sheffield, UK. 前置詞分節索引.
3. 笹本光雄「二つの”L”― Chemical Abstractsの索引の構成とオンライン・システムにおける発展」『色材協会誌』57(3)1984, p.148-154. 日本薬学会年会文献情報管理部会特別講演,1983.4.6.
4. 『索引―作成の理論と実際』日本索引家協会監修,藤野幸雄訳.日外アソシエーツ,1981.(原書名:Training in indexing: a course of the Society of Indexers. G. Norman Knight, ed. Cambridge, MA: MIT Press, 1969).索引の傑作:Chemical Abstractsの索引;コーツのBritish Technology Index.
5. Chemical Abstracts. Chemical Substance Index + General Subject Index
Calcium
metabolism of, by bones, after administration of cortisone and its analogs, duraborin protection against, in bone disorders, 60:16173b
Durabolin protection against metabolism of calcium by bones after administration of cortisone and its analogs in bone disorders, 60:16173b
6. British Technology Index (BTI). London, Library Association, 1962-79.
(1) 米国に片割れ(Applied Science and Technology Index, NY, H.W. Wilson),英国で二度失敗
(2) 初代編集長が考案者で主題索引法の天才(the genius of subject indexing)の異名をとる
(3) Coates, E.J. Subject catalogues: headings and structure. London, Library Association, 1960.
(4) 1952年設立のCRG (Classification Research Group)の創立会員の一人
7. BRIDGES, Box girder,, Cable stayed; Steel : Moving : Bearing, Sliding; P.T.F.E.
(橋,箱桁,,斜張;鋼鉄製:移動:ベアリング,滑走;四フッ化エチレン樹脂=テフロン)
密着度 コンマ( ,)> セミコロン(;)> コロン(:)
BRIDGES
BRIDGES, Arch(類種関係 or包含関係)A > A + B
BRIDGES : Beams : Strength(統語関係+統語関係)
BRIDGES, Cable stayed(類種関係 or 包含関係)
BRIDGES; Concrete : Shrinkage(類種関係+統語関係)
8. 原理:(1) The basic unity of subject indication(主題表示の同一性:概念,用語,記号レベル)
(2) Relational analysis in the context of classification(分類の文脈で関係分析)
(3) Recourse to classification in any case(分類を頼みの綱とする)
9. 英国の三大機械化索引システム
年代順 ASI - BTI - PRECIS(1970年代に英・加・豪の全国書誌が採用・・・現在はLCSH)
構造上 ASI - PRECIS - BTI
両極端 ASI――――――BTI(上記4と5と7を参照)
10. 川村敬一『サブジェクト・インディケーション−主題表示におけるエリック・コーツの寄与』日外アソシエーツ, 1988.06. [1:件名標目理論の展開,2:British Technology Index, 3:Broad System of Ordering]. 展示:The 44th FID Congress held in Helsinki, Finland, 28 August to 1 September 1988.
11. BSO - Broad System of Ordering: Schedule and Index. 3rd revision. Prepared by the FID/BSO Panel (Eric Coates, Geoffrey Lloyd and Dusan Simandl). The Hague, FID : Paris, UNESCO, 1978.
12. The BSO Manual: the development, rationale and use of the Broad System of Ordering. Prepared by the FID/BSO Panel (Eric Coates, Geoffrey Lloyd and Dusan Simandl). The Hague, FID, 1979.
13. Switching language for UNISIST (United Nations Information System in Science and Technology) program. 1973-78.10 members: 4 from FID/CCC (Central Classification Committee); 4 from FID/CR (Committee on Classification Research); and 2 co-opted, Ingetraut Dahlberg & Eric Coates.
14. なぜ末席のコーツがFID/BSO Panelの委員長になったのか? なぜBSOが英国に引き取られたのか?
15. Coates, E.J. “CRG proposals for a new general classification.” Some problems of a general classification scheme: Report of a conference held in London, June 1963. London, Library Association, 1964, p.38-45. CRG’s research project for a new general classification, 1963-68, funded by NATO. ← NATO report: Increasing the Effectiveness of Western Science (1960).
16. Eric James Coates (1916-2017)の経歴
1934-1949 Junior Assistant, Cataloguer, Public libraries
1950-1961 Chief Subject Cataloguer, BNB
1962-1976 Editor, British Technology Index
1977-1990 Rapporteur, FID/BSO Panel (BSO Switching Test 1981 & BSO Referral Test 1982/83)
1991-1992 Rapporteur, BSO Panel
1993-2000 Director, BSO Panel Ltd, UK
17. Coates, E.J., J.E. Linford, G.A. Lloyd and S. Maricic. BSO - Broad System of Ordering. 4th revision. Machine-readable version. St. Albans, UK, BSO Panel Ltd, 1991. Updated in 1994. Since 2000 an updated version of the 4th revision has been made available in the website of University College London: http://www.ucl.ac.uk/fatks/bso → Editorial Consultant, BSO Panel, Ltd, UK, 1995.
18. Kawamura, Keiichi. BSO - Broad System of Ordering: an international bibliography. Tucson, University of Arizona Campus Repository, 2011, 102p. http://hdl.handle.net/10150/129413
19. 川村敬一「BSO,あるいはCRGの新一般分類表 ― 仮説と論証」博士論文,大阪市立大学,2013.03. 縮約版:大阪市大学術情報総合センター電子紀要『情報学=Journal of Informatics』10(2)2013, p.1-10.
20. Kawamura, Keiichi. Bibliography of the British Technology Index. Tokyo, Jusonbo, 2015, 123p.
21. 川村敬一「ランガナータンの遺産 ― 英国技術索引における分類の諸原理」『日本図書館情報学会誌』 63(1)2017, p.20-36.
22. なぜ新しい一般分類表が必要なのか? → 前掲8の(3).
23. 語彙統制の基盤 → 同義語のチェック:BTIはUDCを利用
同義語の定義:同義語とは分類表において同じ箇所に置かれる語(コーツ)
24. 定義法:内包(intension)と外延(extension) 関連語(RT)の定義:シソーラスも件名標目表も・・・.
25. ”Improvement in this reference structure probably awaits further fundamental work in library classification.” Coates, E.J. “Aims and methods of British Technology Index”. The Indexer, 3(4)1963, p.146-152.
26. パラダイム・シフト(前提変化):整理技術者の人口減と検索の大衆化
27. 山崎正和「ビブリオバトル」『讀賣新聞』2016年9月5日(月)朝刊, p.1-2.(地球を読む).
現代の電子情報は個人自身の検索した知識しか与えず,結果として個人の興味の範囲を狭くしている。
28. 山ア久道:今の社会は,情報の生産量は爆発的に増えるのに,その消費量は遅々として伸びず,Googleによる検索が大衆化しても,むしろ検索行為そのものの質は低下している(TP&Dフォーラム2016)。
29. Mills, Jack (1997). 図書館員の仕事(J.H. Shera):Bibliography & retrieval → Locating & relating.
30. Coates, E.J. (1960). “All forms of subject catalogue have a two-fold objective.” 前掲6の(3), p.19.
31. 川村敬一「一般分類法における主類の選定と順序―その哲学的および社会歴史的背景の考察」『日本図書館情報学会誌』50(1):2004, p.1-25. BSO:統合レベルの理論(the theory of integrative levels)
32. Kawamura, Keiichi. “Ranganathan and after: Coates’ practice and theory. Knowledge organization and the global information society: Proceedings of the 8th International ISKO Conference, 13-16 July 2004, London, UK. Ia C. McIlwaine, ed. Burzburg, Ergon Verlag, 2004, p.337-343.
33. Kawamura, Keiichi. “In Memoriam: Eric Coates, 1916-2017.” Knowledge Organization, 45(2)2018, p.97-102.
34. Kawamura, Keiichi. “Bibliography of published works by Eric James Coates.” Knowledge Organization, 45(2)2018, p.103-107.
35. Broughton, Vanda, Paul Coates and Keiichi Kawamura. “Eric Coates.” Information Professional, June 2018, p.54. CILIP (Chartered Institute of Library and Information Professionals, 2002).
36. Kawamura, Keiichi. “Eric Coates.” ISKO Encyclopedia of Knowledge Organization (IEKO). 4th September 2018. www.isko.org/cyclo/coates ISKO電子百科事典>人物伝>コーツ